3月31日 JAGATのページに第3回アジア印刷技術情報フォーラム情報交流会/1998年日本レポートとして山内亮一「CTPへの取り組みが始まった日本の印刷産業(その1)」。「顧客がDTPで作ったデータが,そのまま使えないケースが多い.日本において,どのようなデータの不備がどの程度あるかというデータはないが」として、「米国GATFのデジタルファイル問題調査」から「デジタルファイルの問題として」10項目をあげている。【1.フォントが失われている,あるいは正しくない(22.2%) 2.トラッピングが失われている,あるいは正しくない(11.5%) 3.色の指定が正しくない(RGBかCMYKか)(10.9%) 4.誤ったファイルフォーマットでスキャニングされている.(7.8%) 5.ページセッティングあるいはページセットアップが正しくない.(7.4%) 6.画像がリンクされていない(5.3%) 7.ブリード処理の間違い(5.2%) 8.出力サンプル(Laser proof)が添付されていない(4.6%) 9.画像が失われている(4.5%) 10.顧客がスキャンした画像の解像度が高すぎるあるいは低すぎる(3.2%)】
3月30日 武藤一羊「新ガイドライン・英文←→日本文の欺瞞を撃つ!」〔aala No.14 99年3月、掲載〕。【新ガイドラインには、どちらが正文かは附記もされていない。2月15日におこなわれた「アジア記者クラブ」の会見で、新ガイドラインの作成に参加した防衛庁陸幕調査部の一等陸佐山口昇氏は、質問に答えて「どちらが正文ということはない。両方とも正文だ」と述べたそうである(出席した太田昌国さんの話)。そうだとすれば人を愚弄した話である】という武藤は、具体的に英語と日本語(小林秀之・西沢優氏による『超明解訳で読み解く日米新ガイドライン』以下「明解訳」)のテキストを読み比べている。【日本語テキストにはやたらに「主体的」という言葉がでてくる。例えば…では、「日本は、日本に対する武力攻撃に即応して主体的に行動し、極力早期にこれを排除する」とある。英文テキストは…“Japan will have primary responsibility immediately to take action and to repel an armed attack against Japan as soon as possible.”「明解訳」では「日本は直ちに行動し、日本に対する武力攻撃をできるだけ早く撃退するための主な責任をもつ」。日本語テキストでは、“primary”を一貫して「主体的」と表現しているのである。これは両テキストの重大な齟齬である。Primaryは、「主要な」「第一次の」という意味であって、「主体的な」などという意味はまったくない。ちなみに広辞苑によれば主体的とは「ある活動や思考などをなす時、その主体となってはたらきかけるさま。他のものによって導かれるのでなく、自己の純粋な立場において行うさま」である。新ガイドライン英文テキストのこのくだりは、軍事作戦における日米軍の役割分担を明確にしているのであって、ここでは日本への攻撃があった場合自衛隊が「主要な責任を負う」ことを述べているのである。そしてその際自衛隊は、両国の戦力を「調整された」方法で運用する双務的な作戦の一環として戦うのであって、「主体的に」つまり自己の判断で「自己の純粋な立場において」作戦を行う余地などはないのである。Primaryと「主体的」とはまったく違うことを規定しているのである。いったいどちらが本当の新ガイドラインなのか。】
3月29日 吉本隆明『詩人・評論家・作家のための言語論』1999年3月、メタローグ。「人間の言葉は、…〔感覚とかかわりが深い言葉の表現である〕指示表出と〔内臓そのものにかかわりのある表現である〕自己表出の織物だと考えることができます」という吉本は、「自己表出と指示表出の度合いの順序によって、あらゆる品詞はすべてひとつの円に入ってしまいます。」といい、折口信夫を援用しながら「品詞の中間に位置する言葉」を「つまり、指示表出と自己表出の交わるところで、言葉の表情がさまざまに変わってくる」と説く。【ひと通りの意味では、言葉は品詞で区別されますが、ほんとうをいえば指示表出の軸と自己表出の軸、その縦軸と横軸をめぐって円を描いているのです。この円には、指示表出が多く自己表出が少ない言葉、テニヲハのように自己表出が多く指示表出がほとんどないに等しい言葉という両極があって、その中間にあらゆる言葉のニュアンスが入ってきます。文法学者が説明するように、品詞で明瞭に区別されて中間に入る言葉がないわけではありません。そんなはずはないという表現をつくりだすところに、文学の本領があるといってもいいくらいです。それは、文学にとって最後の問題になるかもしれないとおもいます。】
3月27日 1999年3月23日、ブリヂストン資本に抗議して自決決起した野中将玄の「抗議声明文」。【ブリヂストンの管理職よ一致団結立ち上がれ!――「入社以来30有余年、ブリヂストンと運命共同体として寝食を忘れ、家庭を顧みる暇もなく働き、会社を支えてきた従業員の結晶が今日のブリヂストンを築き上げたのである。昨今、会社を支え、苦楽を共にした、先輩、同僚、後輩は定年を迎えることなく、強制的に退職を余儀なくされている。定年を迎えて退職する人より、定年を迎えることなく退職する人が圧倒的に多いのだ。毎年利益更新をはかり、98年度も1000億円を超える史上最高の利益を計上する会社が、なぜ、ここまで従業員を苦しめなければならないのだ? 役職定年者並びに57歳到達者が無条件に退職勧告を受けねばならぬことに断固抗議するものである。社長自ら65歳の定年制を守らず、従業員のみに押しつけるやり方は常軌を逸している。」「退職促進のいやがらせは我慢できるとしても、次なる手段が、賃金、賞与の大幅引き下げである。この引き下げは常軌を逸した仕打ちで、既に生活できない局面に追いやられている。しかも、退社しないなら、さらに給与を半減していくやり方は、まさに鬼人でなければやれない。」「ブリヂズトン本社からの有無をいわさぬ強力な押しつけで、転籍者も塗炭の苦しみに喘いでいる。ブリヂストンスポーツではブリヂストンより転籍する条件は賃金、賞与、労働条件はブリヂストンと同一となっていたにもかかわらず、大幅な格差がつけられている。これは契約違反である。一方的に泣き寝入りをせざるをえないのか」「人員の大幅な削減を断行することは、従業員の基本的人権を無視するものであり許し難い」「今、海崎社長は、究極の利益追求として、従業員の報酬から更なる搾取を目論み、実行に移している」「このような社長をブリヂストンのトップとして継続させた石橋家にも責任がある。ナチが(ユダヤ人を)ガス室へ送り込んだごとく、責任を逃れるものではない」「役職定年制は関連子会社にはなかった制度であるが、ブリヂストンと同一制度を適用されることになった」「これまで数千人にのぼるリストラを実施しているが、リストラの順序として、従業員の削減、報酬の搾取など人の問題に手をつける前に、まず、一等地の本社ビルの売却、不良資産、施設の処分など事業の再構築を図ることが第一義ではないか。それに手をつけず、人の問題だけを最優先していることが、企業姿勢、企業倫理として問題なのである。しかも人の問題は、ますますエスカレートしている。私は少なくとも、ボロ切れを屑籠に捨てるがごとき、従業員の扱い方に、子羊のごとく従順でなきことを示す覚悟を決めた。誰かが鈴を付けるべきであり、一刻も早く、ブリヂストンの明るさを強力に復活させるべきだ。最善の方法は、全従業員の大多数が期待し、幸せとなる、海崎社長道連れの憤死だ。次策は、従業員の基本的人権である働く権利、生きる権利を尊重した海崎社長の方策転換を約する諌言死だ。すなわち、新人事制度を凍結し、第一義で実施すべきことを優先し、その間、人の問題に手を付けないことだ」「二者択一ほかに道は残さず」「嫌なら辞めろと言う会社のやり方は、永年ブリヂストンを支えてきた人たちに対する仕打ちとして許されるものではない。それを管理職の諸氏は子羊のごとく無抵抗に受け入れているのです。従業員をごみくずのごとく扱う経営者の感覚に一致団結し抵抗すべきである」「従業員は疲弊している。にもかかわらず(会社は)さらに負荷を課すことに専念している」「私はブリヂストンをこよなく愛し、これからも愛し続ける」「関連会社を含めこれまで以上の利益確保のため、時流を利用した過酷なリストラを強行しており、命をかけて私は抵抗したい」「『一将功成りて万骨枯る』の会社であってはならない」】
【◇「ブリヂストンの管理職よ一致団結立ち上れ!」 ブリヂストンは94年より厳しいリストラが始まり、人員削減並びに賃金の引下げが図られている。私はブリヂストンをこよなく愛し、これからも愛し続ける。今日、関連会社を含めこれまで以上の利益確保のために、時流を利用した過酷なリストラを強行しており、命を懸けて私は抵抗したい。オールブリヂストンの管理職が団結してこの横暴を阻止しなければ、ブリヂストンの明日はない。賢明な管理職諸氏の行動に期待したい。】
【「労組の皆さんへ」 私は組合が必要以上に強くなることは希望しませんが、会社施策の善し悪しを判断し牽制(けんせい)する力は持たねばならないと考えます。会社が、従業員の削減と報酬の搾取のみをターゲットにしていることが問題なのです。関連会社では賃金、賞与に至ってはブリヂストン本体より低いレベルで設定されました。組合幹部の皆様はブリヂストングループ全体の総意として行動されますことを希望します。】
〔朝日新聞1999年3月26日付朝刊、週刊ポスト1999年4月9日号にもとづき3.29補訂、毎日新聞1999年4月4日付朝刊にもとづき4.5、5.17補訂〕【関連報道記事】JNN99.3.23 http://www.rcc.net/jnn/part_news/part_news_h2255.html、毎日99.4.4 http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/199904/04/0404m199-400.html
3月26日 松岡正剛、田中一光、浅葉克己 監修『日本のタイプグラフィック・デザイン』1999年2月、トランスアート、所収の松岡正剛、古賀弘幸「日本のモダン・タイポグラフィの変遷」は【…1998年の『文藝』冬号は、東大明朝(GT明朝)による64000漢字の発表にともなう「文字コード問題」議論をとりあげ、鈴木一誌のレポート「テクストは文字の集合か」と、金井久美子による鈴木インタビューを掲載した。漢字の危機に憂慮した日本学術振興会と東大が編み上げた文字文化論に対して、鈴木が異論を持ち出したものだった。ここで文字コード問題や東大明朝の経緯をふれる余裕はないが、鈴木が提出した問題が、日本の今後のタイポグラフィの行方を考えるにあたってたいそう示唆的であるということを、最後に強調しておきたいと思う。…ひとつだけはっきりしていることは、ここらあたりで日本の文字文化を歴史的に総点検するチャンスが来ているということだろう。】と日本のタイポグラフィの歴史をしめくくっている。
3月25日 『安田さんを支援する会 News』No.2、1999.3.15、安田さんを支援する会・東京(東京都港区赤坂2-14-13港合同法律事務所気付、FAX044-865-1445)は、3月5日に安田弁護士の接見禁止が解除されたことを報じ、「しかし、残念ながら東京拘置所の面会は1日1回です。現在、家族や裁判関係の打合せのための面会が連日予定されていますので、しばらく一般の面会はお控えください。手紙は届きますし安田さんも楽しみにしているそうです(宛先:東京都葛飾区小菅1-35-1A安田好弘様)。ただし、みなさんに直接返事を出すのは、獄中にあっても公判の準備等でいよいよ多忙になる上に発信数の制限もありますので当面難しいかと思われます。ご理解とご協力をお願いします。」と訴えている。【第2回公判:3月29日(月曜)、第3回公判:3月30日(火曜)、第4回公判:4月21日(水曜)(予定)、いずれも東京地裁、午前10時から ※整理券交付の締切は9時20分です。それまでに並んでください。】
3月24日 ▼『日経バイト』1999年4月号、日経BP社が「Office2000の真価」を特集。「Webでの情報共有,データ分析,開発環境が新Officeの3本柱/HTMLとの互換性を図りWebコラボレーションを実現/新しい情報システムを目指すExcelとAccess2000/CSSとXMLを活用してHTMLとの文書互換を図る/インターネット標準プロトコルでWebサーバをフォルダに見せる/共有文書やWebページに意見を貼り付ける形でディスカッション/表計算やグラフ作成などをWebブラウザ上でも可能に/……」▼『Windows DTP PRESS』vol.4、1999年4月、技術評論社、に家辺勝文「新しい『組版指定交換形式』とは何か?」。家辺勝文は、(財)日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会第2作業部会(WG2)で現在開発中の日本工業規格「日本語文書の組版指定交換形式」の背景と目的、概要を紹介している。
3月23日 ▼山田修「中朝国境の避難民に関する緊急報告」〔「萬晩報」1999年3月14日付のページ掲載〕は、北朝鮮の食料不足を援助する「日中恊働『飢民』支援フォーラム」による1999年1月30日の「中朝国境の避難民に関する緊急報告会」における「訪中報告」。▼突破員仁川2号「突破員からの報告」〔「キツネ目の男」宮崎学のページ1999年3月22日付掲載〕は、日本人女性と結婚した元韓国特殊部隊青年から聞いた話。
3月22日 『安さんの会NEWS 第9号』1999年3月19日付は、裁判所による麻原裁判国選弁護人解任策動を伝え、安田好弘弁護士が3月15日に麻原裁判担当の東京地方裁判所刑事第7部に対して提出した以下の意見書を載せている。【●安田好弘意見書●私において、辞任を申し出る意思はありません。また、私が解任されるとすれば、それは不当であり、およそ承服できません。 私が麻原法廷に出廷できないのは、これを妨害されているからであって、私の意思によるものではありません。私は従前どおり、弁護活動に従事する意思を有しています。私は無実であり、私に対する身柄拘束は不当です。これらは、いずれも捏造された証拠によるものであり、私をして麻原法廷に出廷させなくすること及び私を解任させることを目的とするものです。裁判所は私の復帰を待つべきであると考えます。私は、弁護士会の推薦を受けてこの職にあり、弁護士会の仕事の一つとして執務してきました。裁判所にあっては、弁護士会の意見を十分に聴取されるよう求めます。なお、資料として、私の裁判における私及び弁護人の意見書を別途提出します。】
3月21日 蓮實重彦、山内昌之『20世紀との訣別』1999年2月、岩波書店。レジスタンスで殺された歴史家マルク・ブロックにふれて山内昌之は【フランスの歴史家たちには、彼の死を英雄的市民としての死などと気楽に言ってほしくないのです。どうも、同僚のリュシアン・フェーブルに限らず、周りの歴史家は他人事のように見ていたところがありますね。恥ずかしくて、革命史学やら社会経済史やら農民革命論といったテーマなどを続けられないと思うのですが、平気の平左なんですね。このあたりを考えるとき、むかしからフランス人のもつ(とすれば)「恥」や「羞恥心」という感情に関心があるのです(笑い)。サルトルは、ナチ占領下で『存在と無』や『自由への道』を生み出すのです。『存在と無』からはどんな圧迫にあっても人間は絶対に自由だというメッセージを、『自由への道』からは真に自由であり続けるには世界の一切を知るべきだという叫びを聞きとらねばならないという解釈があるそうですが、本当ですか(笑い)。随分と呑気な文芸批評のように思えますが。……フェーブルまでがレジスタンス神話にのる必要はないでしょう。フェーブルにはブロック神話に後智恵でのろうというようなしたたかさや功利性のようなものが感じられる。どこか品性の卑しさを感じます。】
3月20日 承前。宮内勝典、高橋英利『日本社会がオウムを生んだ』1999年3月、河出書房新社。宮内勝典は巻末の「先進国の明るい闇」で【先進国は、意味の不在にぶつかっている。…高度資本主義の波頭に打ち上げられて浮遊している意識は、自分らしさが希薄で、実存の実感もなく、世界とのはっきりした輪郭を求めて、いらだっている。…さらに科学至上主義を挙げることもできる。オウムの教義が、ニューサイエンスの影響を受けていたことは明白である。麻原彰晃の講話にも「データ」といった情報理論の用語がひんぱんに出てくる。教団内部でも、村井秀夫を中心とする「科学技術省」が最も勢力をふるっていた。…破壊神シヴァの化身が引き起こすハルマゲドンのあとに、若者たちは進化した人類社会という美しい夢を見ていたのだという。むろん、それは幻想である。「金と、セックスと、食い物しかない」日本社会に失望し、生きているという充実感も、目的も、意味も見いだせず、この世界が非現実的でバーチャルなものにしか感じられない離人症的な感覚を抱える若者たちにとって、破壊神シヴァの化身が呼びかける「世界救済計画」は、そんな空虚な世界を血肉化し、意味や目的を回復させ、なおかつ世界のドラマにみずから参入できるという「物語」であったはずだ。…オウムは、先進国の意味の不在という問いを残した。】
3月19日 宮内勝典、高橋英利『日本社会がオウムを生んだ』1999年3月、河出書房新社。井上嘉浩との出会いを「僕は彼の神仏に対する礼拝の姿に惚れ…〈透明な自分〉であった僕は、彼に〈全身全霊〉を教わった」と語る高橋英利は【意味のないものに意味をもたせたいという願望が、ある意味で一つの世界観をでっち上げている。そこに神の名前が存在し、それは結局つくられることだと思うんですが、…神の視点をもった瞬間に、人びとはその配下となるわけですから、そこで宗教というのがすべての人を包み込まないと気が済まなくなる。…宗教の教理はすべて宇宙について語っている。宇宙について語っているということは、結局…何もかもすべて一つの宗派の考え方、宇宙観に一色に染めたいという願望を感じるんです。……哲学的なもので神とか真理と言われるものを求める気持ちが強い人は、人の生活というものを否定の方向に見る傾向が強いと思うんです。人の営みの中にある意味でシンパシーをもてないと言いますか、虚無感なんですが、「意味がないんじゃないの?」という一言の中にすごい意味合いが込められているんですね。意味を求めているんですよ。意味を求める行為の中に実は幾つか自分自身を孤独にさせる要素があって、自分自身を孤独にさせる要素の中に、すでにもう排絶が生まれるんです。孤独と排絶がセットで襲ってくるときに、世間から閉じてしまっている。それは個人の中ではさみしいかもしれないけれども、社会的にはあまり害がない。…そういうさみしさを共有する団体がくると、おそらく飛びつくぐらいの勢いで、そういうものに感銘を受けると思うんです。……】といっている。
3月18日 MSN World Report 99年3月16日付に田口ランディ「閉じた世界と開いた世界---主体なき犯罪者たち」。【宮崎勤さん、それから自らを《透明な存在》と呼んだ神戸の14歳の少年にしても、オウム信者にしても、目指していたのは、抽象的な世界を意識の力で把握し、そして自分を開放し、世界との一体感を感じることではなかったのか。生きているという実感、喜び。世界の成り立ちを知ること。自らの生と死の意味を知ることではなかったのか。だけれども、なんらかの理由で、彼らは自分を閉じた。そしてどんどん、閉じた自分の内側を空虚化していった。そしてついに自分というものがなくなってしまった時に、その存在は透明になった。完ぺきに空ろになった時、その言葉には、なぜか《反対側の世界》が映るのだ。あわせ鏡みたいに。……閉じた人たちは、生の瞬間の連続性が阻害されている。宮崎被告や、神戸の14歳の少年のように、瞬間と瞬間はバラバラで、奇妙に脈絡がなく、まるで夢の中の出来事のようにあいまいだ。断続的で、次の瞬間への予感は奪われている。それはたぶん、恐ろしい世界だ。それでも、閉じた人たちのなかに、私が求めてやまない「無垢さ」のひな型を見てしまう。生きにくさを体現しているこうした人たちのなかに、私がこの社会を生きるためにどこかで傷つき、失いつつある「無垢さ」を見てしまうのだ。彼らが目指して、そして手に入れることができなかったものがわかる。この世界を生きるために自分を変えることができず、世界の成り立ちを自分サイズに変えたことがわかる。そして、閉じた自分の世界のなかでのみ、かろうじて無垢に生きていることがわかるのだ。】
3月17日 承前、増村保造著、藤井浩明監修『映画監督増村保造の世界−《映像のマエストロ》映画との格闘の記録1947-1986』1999年3月、ワイズ出版。「永遠なれ!増村映画−あとがきにかえて」で監修者・藤井浩明は回顧している。【『闇を横切れ』…菊島隆三氏と増村が共同でシナリオを書くことになった。二人で構成を立て、先ず増村が第一稿を書き、それを菊島氏が加筆することになった。菊島氏に第一稿を渡す約束の前夜、東京は大停電に見舞われた。脚本の完成は急がれていたが、一日ぐらいの遅れは取り戻せると、私は考えた。が、念のために増村に電話してみた。本人は寝んでいるが、シナリオは出来ていますからと、夫人の母堂は伝言を伝えてくれた。停電だった筈なのにどうやって書いたんだろう、私はのんびりしたことを考えながら受取りに出掛けたが、母堂の言葉に身がひきしまる思いがした。増村は約束を守るため、ローソクの光で朝まで書き続けたというのである。増村という男はそういう男である。他人に迷惑をかけない代りに、他人の甘えや安易な妥協を絶対許さなかった。ローソクの光でシナリオを書くなぞということは、私にはとても出来ないことである。第一高等学校の寮で、カントの「純粋理性批判」を、ローソクの光で熟読した旧制高校生らしさを、売れっ子の監督になっても持ちつづけている。増村は純朴で虚飾のない男だった。弊衣破帽、服装のことなど全く気にかけず、常に映画のことばかり考えていた。】
3月16日 承前、増村保造著、藤井浩明監修『映画監督増村保造の世界−《映像のマエストロ》映画との格闘の記録1947-1986』1999年3月、ワイズ出版。増村組助監督座談会(崎山周 臼坂礼次郎 今子正義 伊藤昌洋 近藤明男)で【臼坂 …どんなにわめきちらそうが、酔っていてもね、自分を見てる目をちゃんと持っている人ですよ。だから、結局みんな、マスさんのこと、好きになっちゃうんですよ。…/今子 それで、この人のためには、この監督のためには、という気持ちをみんな持つんですよね。 】
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