読書録 1999年3月前半 (敬称略)

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  • 3月15日 承前、増村保造著、藤井浩明監修『映画監督増村保造の世界−《映像のマエストロ》映画との格闘の記録1947-1986』1999年3月、ワイズ出版。インタビュー高橋惠子(関根恵子)で【高橋 …女性の強さというものを、こんなに表現しようとしている監督がいるというのは驚きだったんです。…それで、弱々しくて男の人の言いなりになって、とか、男の人にとって、こうあってほしいというのとは一切……。そういうものとは違うものをね。女性は強いんだって、きっと監督は思ってらっしゃるんだというのは、すごく観じましたね。そういう増村さんの考え方というか、そこまでね、女性が強いんだっていう……。少ないんじゃないんですかね、そういう方って。で、わたしのなかにある強さみたいなものを監督が引き出されたんだと思うんですよ。とっても現場では怖い感じで、厳しいですけども、こういう内容のタイトルバックを撮りたいと思うんだけど、というふうに話してくださるのは、やっぱりどこか、とっても女性を大事に思ってくれているというか、認めてくれている。それはすごく感じましたね。】

  • 3月14日 3月13日、東京・新宿「柿傳」で「『映画監督増村保造の世界』の出版を祝う会」(世話人・藤井浩明、岡田博)が開かれ、藤井浩明、崎山周、若尾文子、原田美枝子ら故増村保造監督ゆかりの関係者80数人が歓談のひとときを過ごした。出版されたのは増村保造著、藤井浩明監修『映画監督増村保造の世界−《映像のマエストロ》映画との格闘の記録1947-1986』1999年3月、発行 ワイズ出版(岡田博)、造本 鈴木一誌、写植・組版 ライン・ラボ、長久雅行、印刷・製本 飛来社、ISBN4-89830-005-7 C0074、定価(本体5700円+税)、B5判上製528ページ。インタビュー原田美枝子で【原田 …増村さんは本当にジェントルマンでしたよ。俳優を一人の人間として扱ってくれるし。たとえば、折檻されて、血だらけになるシーンで、最初、メイクさんが血のりを塗ってくれてたんですけど、増村さんは「おまえ、貸してみろ」と自分でやったりするんです。けれども、そのとき、「ちょっと失礼しまう」とか「ちょっとごめんなさいね」とか、そういう言い方をしてくれるんですね。なかには俳優の肌に平気でさわったりする人もいるんですよね。「ここに立って」と肩を押してきたり……。そういうふうにさわられるのが、すごくイヤなんですよ。俳優としての自分の領分を侵されてるような気がするんですね。けれども、増村さんはそういうことはぜんぜんないんです。押したりとか、そういうことは絶対しない。さわるときには「ちょっとごめんなさいね」と言ってくれる。ちゃんと俳優として扱ってくれるんですよ。】

  • 3月12日 ▼槌田敦『増補改訂新版・環境保護運動はどこが間違っているのか?』1999年3月、宝島社文庫。「『リサイクル社会』という小さな嘘のウロコを一枚だけでも剥がすのに役立てば幸い」という槌田はいう。【リサイクルによってゴミゼロ社会など建設できるわけがありません。その理由は、物質保存の法則とエントロピー増大の法則があるからです。人間社会は。環境から資源を取り入れて、活動し、その廃棄物を環境に廃棄しています。…物質を取り入れる限り、廃棄物をゼロにすることはできないのです。そこで、リサイクルが叫ばれるのです。廃棄物をもう一度資源として使えば、廃棄物を出さなくてよい、というものです。しかし、エントロピー増大の法則があるため、そのようなことは不可能です。…エントロピー増大の法則とは、活動すると必ず汚染が発生して増大する、という法則です。資源を使って活動すると、エントロピーが生じます。そこで発生した汚染を捨てるために廃棄物を捨てることになるのです。この廃棄物を捨てないでまた使うということは、社会の中にどんどん汚染が溜まることを意味し、その結果、社会の活動ができなくなってしまいます。つまり廃棄物を捨てるということは、本質的なことで、これをやめることはできないのです。】▼宮崎学「21世紀は、『人材』の時代になるでえ」がおもしろくて正しい。

  • 3月11日 安田敏朗「日本語論のなかのアジア像」〔西川長夫・渡辺公三 編『世紀転換期の国際秩序と国民文化の形成』1999年2月、柏書房、所収〕。安田は「『国語』とは国家の言語として与えられた、日本語の役割の一部、つまり法律をはじめとする近代国民国家に必要な諸制度を担う言語であり、かつ『方言』などの異変種を排除し、異民族を馴致する手段…こういった議論の中心には、簡単に言うと排除・抑圧の論理が据えられている。…ただしそこに疎外する力が働いていった一方で、『異なれるもの』との関係性を構築しようとする力、つまり包摂の論理も働いていったのではないだろうか」という問題意識から「戦前期の日本語論」を検討し、「…結論的に言えば、その関係性の構築の仕方がいかに歪んでいるかを知るとき、コミュニケーションの手段としての『言語』という捉え方や『多言語多文化主義』を礼賛するときの『言語』の捉え方が、ものごとの一面しか照らし出していないことにも思いが至るであろう。」と書いている。

  • 3月10日 JCJのページに「我々は何から逃げていたのか−『若者たち』3部作を見る」。最近の『若者たち』3部作(1967-1970)の再上映に関連して【描かれた社会問題は今も依然としてあるが、「当時の青年が抱いた理想や正義感が、世界にそのまま認められるわけではなかった」との思いもわく。だが、「当時の青年は純粋だった」とノスタルジーに浸るのも、「昔は社会主義みたいな思想に騙されて…」と冷笑するのも、共に愚かしい。むしろ今、エンターテインメントで青春や若さを描く時に、社会風俗が背景となっていても社会問題が描かれないことの異様さを思うべきだろう。もう長い間、社会の不正に憤ることや、社会や人生を熱っぽく語ることは、「暗い」「ダサい」「くさい」などと軽んじることに慣らされてしまった。我々は、冷笑することで何を恐れてきたか、無視することで何から逃げてきたか、軽蔑することで何をごまかしてきたか。この映画が今、再び上映されて問いかけるのは、「あの時代」から今までの我々の生き方である。】

  • 3月8日 ヴィレム・フルッサー、深川雅文訳『写真の哲学のために』1999年2月、勁草書房。「いわゆる『解説』ではない」という室井尚「文化の大転換のさなかに−二〇世紀末にフルッサーをどう読むべきか」は63ページの力作。室井は【一見するとポストコロニアリズムやマルチカルチュアリズムの主張は否定し難く「正しい」ように思える。しかしながら…要するにそれが対立しているもの−すなわち植民地主義や普遍的で単一的な理念としての西洋近代−に論理的には内属しているものであることも見逃せない。つまり、それらの動きは植民地主義の後始末としての「植民地以降」、単一の支配的文化による他文化の抑圧に対する反発としての「多」文化主義である限りにおいて、実は未だに近代に内属している議論でありけっしてその先を見通せるものではないのだ。(…ぼく自身は「多」文化主義とか「文化的同一性」とか「異文化理解」とかいう言い方に強い抵抗を覚える。これらは「文化」を地域や民族とぴったり重なり合う閉じた構造として見る本質主義的な見方、あるいは「文化」を民族の「アイデンティティ」の拠り所と考えるようなアイデンティティ・ポリティクスを前提としている。文化とはけっして単数や複数でとらえられるものではないだろうし…いわば「気象学」的な、もしくは「流体力学」的なモデルこそが必要になってくると思われるのだ。…文化は元々は風や海流によって伝わるものだった。つまり本来的にそれは気象学的、流体力学的なものなのであり、構造論には余りなじまないものではなかったのか?)】と書いている。

  • 3月7日 『図書新聞』2429号1999年3月13日付掲載の桜井浩一「貴重な実践的指針を与える一書」は穂高惇『隷属からの解放』1998-99年、しおり書房、の書評。桜井は【著者は、本書第1巻(第1章)において、日本労働運動再生の主力軍を中小企業労働者に求め、その根拠を示している。これまで大半の左翼が基幹産業の掌握を戦略として、自明のごとく大企業、官公労働者をその主力としてきたが、この「中小企業プロレタリア路線」は、毛沢東がそれまでマルクス主義の常識であった都市革命論を覆し、農村から都市へという異質な路線を確立しプロレタリア革命闘争に発展させたことに匹敵する創造的路線と言えよう。】とし、【わが国労働運動の再生を求める者にはもとより、人間性の全体的回復を真摯に求め活動されている方々にとっても貴重な実践的指針を与えている。】と結んでいる。

  • 3月6日 宮崎学「いうとくけど、『白い清潔なファシズム』進行の中での安田事件、なんやで」。【都知事選挙や、「地域振興券」ばらまきで、自民党はほぼ、公明の取り込み作戦を成功裏に完了しておる。つまり、これの意味するところは、組対法、ガイドライン法案、君が代法制化、その他、戦後50年、日本のある種の層が長年の「悲願」であった内容を、論議なしに通せる時代がくる、ということである。その触手のひとつが今回の事件、法曹界における住管機構による、「安田逮捕」であり、「職業によって立つ人間集団としての掟の崩壊」である。それを可能にしたのは「わしは正義の為にはたらくので給料いらない」程度のクサイ芝居でコロリとだまされるマスコミを利用して国民を手玉にとる中坊という化け物みたいなおっさんの詐術であった。中坊がいうたことやのうて、やったことをみたらすぐわかる。バブルを産んだ、国民の税金をパアにしてしもた真犯人の大蔵省、銀行、政治家の誰も告発なんかしてないで安田をやり玉にあげて責任転嫁しようとしよった。それがこの事件、「住管機構」すなわち国家権力をクライアントにした弁護士による身内への脅迫」の実現、警察、検察、マスコミ「ダンゴ3兄弟」化による今回の本質であった。政治レベルでは組対法、ガイドライン法案、君が代、日の丸法制この動きは、一見無関係にみえるが実は「ソフトな戒厳令、国家非常態勢動員令」すなわち「白い清潔なファシズム」まで一気に実現可能な道の舗装工事、の一環なんや。】

  • 3月5日 3月3日、東京地方裁判所において安田好弘弁護士に対する強制執行妨害被告事件の初公判が開かれた。安田好弘弁護士による「公訴事実に対する意見書」は【私は無実です。私は起訴状に記載されている各行為を行ったことはありません。ここで、どうしても云わなければならないことがあります。それは、私が無実であるばかりでなく、共犯とされている孫忠利さん、その息子さんである孫尚明さん、そして和泉賢一さん、齋藤勇さんをはじめ、有限会社スンーズエンタープライズ(以下「スン社」といいます)のすべての皆さんが無実であるということです。そしてまた、本件事件が、住宅金融債権管理機構(以下「住管」といいます)、警察、検察によって作られた事件であるということです。……住管は、預金保険機構の強大な強制調査権を背景とし、警察、検察と一体となって、民事問題を刑事問題とすることによって、問題を解決しようとしているものであって、それはおよそ尋常な経済行為とはいえず、経済秩序を根底から破壊するものです。彼らは、住管に服わぬ者に対し、警察と連携して、過去何年にもわたって事実を掘り返し、その中で少しでも法に牴触するものがあれば、これをネタにして返済を迫り、あるいは問答無用でいきなり刑事事件とすることによって、他者を威圧しようとしているのです。】と述べている。ぜひ全文を読むことを訴える。あわせて主任弁護人・石田省三郎による「意見書」も必読。

  • 3月4日 東條文規『図書館の近代−私論・図書館はこうして大きくなった』1999年3月、ポット出版。「近代図書館の存在そのものが問われる時期にきている…近代図書館史の総括は、徹底してなされなければならない」という東條は、日本帝国主義の朝鮮侵略のなかでなされた焚書について書いている。【併合直後の十一月に、初代朝鮮総督寺内正毅によって、数万巻の図書が焼却、押収された。処分は、内容が民族的であるという理由で行なわれ、主として歴史書、古典、偉人伝、地理書、初等・中等教科書が主な対象であった。ちょうど韓国に近代的な印刷技術が始まった時期であり、言論、出版活動の禁止は、その後の朝鮮の公共図書館の利用不振、文化発展に致命的な打撃を与えた。……朝鮮語の一般図書を焚書する一方で、学術的に役に立つ貴重書は早々と日本に持ち帰った。…東京帝国大学教授白鳥庫吉は、ナチスの焚書にも匹敵する大焚書を行なった張本人の寺内正毅初代朝鮮総督にすり寄り、貴重本の略奪を願い出、「研究のため」に、帝国大学に持ち帰ったのである。図書以外にも、美術品など多くの文化財を学者、研究者を含めた何人もの日本人が持ち帰った。】

  • 3月3日 ビル・トッテンのページにミシェル・チョスドフスキー「G7提案の金融危機解決策は債権者と投機家のための復興計画だ(後編)」。ミシェル・チョスドフスキーは、G7とIMFの提唱で生まれた緊急融資枠は「投機的な取引きを抑制するどころか、投機的操作を定期的に行うヘッジファンドに投機承認のサインを送った」ものだと暴露している。【多国間投資協定(MAI)が意味することは、対外投資に対する規制緩和や公的機関の解体、さらには国家が支援する「市民活動」の金儲け事業への転換である。…究極の目的は通貨市場の規制緩和であり、残る資本移動の障害を取り壊し、通貨政策に対する国家統制を解体することである。…世界の富が蓄積することは実体経済にとっても悪影響を与え、雇用の減少と原材料の余剰をもたらし…工場閉鎖やレイオフ、企業倒産が起こる。貧困と失業は、ほぼすべての分野にわたる過剰設備による過剰生産が原因である。…富裕な投資家の集まりといわれるヘッジファンドは、既存の金融体制から誕生し育まれたもので、銀行や企業、裕福な個人の利益のために奉仕し、申告ベースで約3,000億ドルの資本を有する投資銀行の中核をなす。しかし、てこの作用を高度に駆使した操作を通して、この3,000億ドルは増殖し、天文学的な数字となった。LTCMのファンドマネジャー、ジョン・メリウェザーを例にとると、金融操作によって資本の500倍を投資し、推定持ち高は合計2,000億ドルに達していた。2,000億ドルといっても、これは4,000のヘッジファンドのうちのわずか1つが、新興市場でのいかがわしい投資を通じて所有した持ち高である。…ヘッジファンドが実体経済から巨額の富を獲得するためには、究極的に巨額の負債を蓄積させ、生産活動を崩壊させることにつながる。…世論はうまく欺かれている。世論が信じ込まされているのは以下のような見方である。「欧米経済は健全で、経済の感染病はアジアとロシアを起点に広まっている。政治家や主流派エコノミスト、欧米のメディアは、決まりきった解決策しか提唱しないどころか、世界的経済危機の原因を軽視し、歪曲している。この病は感染するので、その蔓延を食い止めなければならない」…マレーシアのマハティール首相はこう述べている。「投機的通貨取引が今日の問題の根本原因だと認めない限り、是正措置をとることはできない。表面的な調整はまったく役に立たない」】

  • 3月2日 ▼宮崎学「けいさつ・けんさつのしょくん安田弁護士を再逮捕したらわしの本売れてまうでえ」▼3月1日22−23時、日本テレビ、ボーダー「インターネットで殺人生中継」で中森明菜が「悪いのはインターネットじゃありません。それを使う人間です」

  • 3月1日 だめ連 編『だめ!』1999年2月、河出書房新社。「最近の若者の方がヤバイような気がしますね。…人間やっぱり何でも討論しないと。」と語る堂前健一が現代の青年の思想状況の特徴を捉えていておもしろい。【…ただ実際ねえ、あまり討論しないんですよ、それで逆にまた、変に討論したがる若者も増えてるんですよ。長渕系のね。…逆にね。だけど非常に中味がない。…あと一種の、いるじゃないですか、桑沢デザイン研究所卒的な、ちょっとカッコつけてクラブとか通ってるような。…だから逆に討論がカッコイイ的な風潮もでてきてますけど。それが結構小林よしのりとかああいうところにいってるんですよ、実際。…危険だなあと思いますけどね。…そういう奴が、「自衛隊とかカッコイイよな、お前らチャラチャラしてんじゃねえよ」とか、説教してますけどね。だから結構高円寺に住むstudio vioce系の茶髪の若者とかもあんまり政治の話とかしないじゃないですか。逆にしないだけにね、変に考えてるんですよ、自分の中では低レベルなことを考えてて、それが確信的になってるんですよ。それが小沢一郎とか小林よしのりとかに結構近いものがあります。その方がやっぱりカッコいいんですよ、仲間内で話すときには。…若者で逆に戦争駄目だよとかいい出す奴とかは、割と日共(日本共産党)的なんですよね。…親が日共とかある種の日共的な教育を受けた残滓があってそういうことをいう。そうするとやっぱりダセエなってことになるから、そういうことに対する嫌悪感から、小沢一郎的なほうが核心[革新?]的だ、あいつら平和ボケしてるバカだ、みたいな。小学校時代の制度とか学童保育の日共のオバチャンとかダサかったなと。】