読書録 1998年11月 (敬称略)

Jump to [読書録(前月)] [トップページに戻る]
[特集] [盗聴法問題] [安田弁護士問題] [石原1]
* 過去の読書録の検索への手がかりは[読書録人名索引] [読書録月別索引]へ。

  • 11月30日 池田証寿「諸橋大漢和の譌字」は、池田「諸橋轍次編『大漢和辞典』の<音義未詳字>」につづいて、「諸橋大漢和を全部コード化してコンピュータで使えるようにすれば文字コード問題は解決する」という意見を検証している。譌字(カジ)は誤字であり、「諸橋大漢和を全部コンピュータに入れることによって、文化の継承を主張される方がいるようだが、諸橋大漢和で譌字を掲げるのは、そうした漢字を誤って使わないようにするのが本来の趣旨である。そうした諸橋大漢和編纂の本来の趣旨を理解せずに、諸橋大漢和を全部入れれば、即、文化の継承につながるのだ、というような短絡的な発想は、根本的に誤った認識である。」「新JIS漢字(第3・4水準)の開発は、これからの情報化時代に向けて必要不可欠な文字を抽出する作業なのである。当然、そこでは切り捨てられるものが出てくる。しかし、言うまでもなく、『文化』を生み出すには、過去を切り捨てることが必然的に要求されるのである。切り捨てられるのは、まっぴらゴメンだということであれば、…存在することの価値を主張することが求められているのである。…この問題を文字コードの問題として扱うためには、一文字でも使う人がいるということを具体的な事実をもって示し、何を要求しているかを明確にする必要がある。その作業を怠けるのは、結局、甘えでしかない。」「諸橋大漢和を全部JISにいれなさい、と主張することは、譌字(誤字)をJISに入れなさいと主張するのに等しい。では、譌字(誤字)はどれくらい諸橋大漢和にあるのか。」として池田は、自ら「第八巻(白部から糸部)の5429字について調査した結果」として「諸橋大漢和第八巻の譌字の用例」85例を明示している。

  • 11月29日 承前、『Inter Communication』No.27、府川充男「『文字コード』周辺の動向」。【実字形には無数のヴァリエーションがありうるが,人々はそれを包摂(unify)して情報を交換する.その相互了解の鍵となるのが字体規範である.「文字コード系」では,実字形という具体的存在と字体という抽象的概念との関係,すなわち字体の包摂(unification)に関する了解の中身が問われるのである.先ずもって「透明な文字概念ソノモノ」なるものが存在し,それが次に字体・書体・書風等を身に纏って実字形として表現されるという発想自体顛倒に外ならないこと(実際,明朝体で区別される字体差が楷書や行書でも区別されるとは限らない),「文字コード」を語る時には,このことを決して忘れてはなるまい.】

  • 11月28日 『Inter Communication』No.27、1999年1月、NTT出版、は「特集・漢字WAR−コンピュータ社会と日本語」。「文字コード問題は、すでに日本語が外国人によって刈り込みを受けつつある現象の一つ」という桂英史はユニコードについて「彼らの立場からすれば、漢数字の『一』も、音引きの棒(ー)も、唯物論的には同じ文字とみなしてしまう」という、意識的デマゴギーでなければ、何も知らない馬鹿ぶりを対談で自ら語っている。他に、小宮山博史「錯視を友とし−明朝体漢字の設計」、府川充男「『文字コード』周辺の動向」、松枝到「造形と増殖−漢字の遺伝子」、山城むつみ「ルビと漢字」ほか。

  • 11月27日 『日経バイト』No.185、1998年12月、日経BP社、は「バイトレポート」(大塚葉)で「組版指定の新JIS規格レビュー開始、異体字問題の解決策となるか」として「日本語文書の組版指定交換形式」JIS素案公開レビューをとりあげ、「新設タグの中で注目すべきは具体字形置換要素のタグ(キャタクタ・タグともいう)だ。……キャラクタ・タグをうまく利用すれば、包摂される異体字を表現することも可能になるため、一部のユーザーによる『JISの漢字が足りない』という批判への回答となるかもしれない。」と書いている。

  • 11月26日 ◆野末陳平が『週刊漫画ゴラク』1998年12月4日号(日本文芸社)の連載コラム第14回「競馬のテラ銭は25%だが、宝くじやサッカーくじは…?」で、宝くじは当籤金として当選者に支払われるのは46%、サッカーくじは当籤の払戻金は50%、と事実を示し、「喜んで買う国民こそいいカモ」と指摘。◆『週刊エコノミスト』1998年12月1日号(毎日新聞社)の「特集・倒産激発12月緊迫」で星哲三は、紙幣大増刷を始めた日銀の年末対策に対して「今回の日銀の対策は、昭和恐慌の前段で日銀が行った震災手形の買い入れに似ている…その次には、日銀による国債引き受けが待ち構えているにちがいない」と警告し、藤井英彦は「最悪のシナリオは成長率マイナス11%、失業率16%」と試算している。◆『別冊宝島M・粉飾列島』1998年12月16日(宝島社)は、粉飾決算の事件ルポから会計制度の問題点までを特集し、「粉飾国家」の清算がいよいよ始まったのかもしれないと指摘している。

  • 11月25日 宮崎学「突破者としての21世紀」連載第5回(問題実話98年12月号)に注目。宮崎は【1970年代に入ってアメリカが金本位制をやめたため、…お金そのものが投機の対象になる、という時代に突入した。つまり経済が総博打化していった…20倍もの博打場の金が実体経済の中に流れこんで…実体経済が博打場の状況に大きな影響を受けている…これが今までの不況と今回の不況とは決定的に異なる点だ。昨年来、アメリカの経済の好況が伝えられているが、以前から私が言っているように、アメリカはまさにバブルそのものといえる。…ただし日本と違うことは、アメリカが世界最大の債務国、つまり借金大国であるということである。アメリカの国債は世界中にばらまかれ、…世界中からかき集めた金を元手にして博打をやっているわけだ。…今回の世界的な不況というのは、まさにアメリカの間題なわけだ。……今回の不況の特徴は、博打の経済がパンクするという構造になっているということと、もうひとつ、発信源がアメリカてあるということである。発信源がアメリカであるということは、これは「世界恐慌」そのものである。…これまでの恐慌というのは、資本主義による生産が活発になってモノがあまり始めることによって起こった。…恐慌はモノを壊せばいいわけで、そこから戦争が起こっていった。しかし今回の不況はモノがたくさんあって起こっているわけてはなく、従って「戦争」という手段もとれない。戦後50年以上たって、世界的な金融・経済のシステムそのものが破綻し始めてきた、そういう段階にきているということだろう。】そして、宮崎は心構えとして【資本主義のすごいところは、「欲望先取りの決済先送り」というシステムを確立したことにある。…その虚構を見抜かなければならない。…これから先は見栄を捨てないと生きられない、とオレは言いたい。】と説いている。

  • 11月24日 ●『大学出版』第39号"98秋、1998年10月、大学出版部ニュースで夏季研修会編集部会分科会の「文字コードの体系化と漢字文化」(講義・芝野耕司)の報告記事のほか表3に「活版時代の文字コード」掲載。●文藝春秋編『日本の論点"99』1998年11月、文藝春秋刊、坂村健『ユニコードに異議あり−コンピュータの都合で漢字を制限するな』および松岡榮志『電脳時代でも漢字は滅びない−「ユニコード・ファシズム論」の誤解』掲載。◆論談同友会のページに「第一勧業銀行 巨額怪小切手事件」という記事が出ている。「第一勧銀が振り出したといわれる額面 2,500億円の自己当て小切手が西インド諸島に本拠を置く貿易会社に売却された。売却代金は額面の 10%の250億円。」

  • 11月23日 山本太郎『問題は、大か小かではない−ユニフィケーション批判に対する反批判』は、web page「ほら貝」(http://www.horagai.com/)の記事「小は大をかねるか?」を取り上げ、JISやUnicodeを批判する論調の多くが批判対象としているUnification(ユニフィケーション=字形の包摂)の問題を論じている。【「どこまでがデザイン差で、どこからが字体差であるかは、その国固有の歴史と慣習にもとづくだけに、工業規格で一律に決めるのはおかしい」という加藤氏の記述は、工業規格と現実との関係を故意に転倒させて認識している。「固有の歴史と慣習」という曖昧模糊とした言葉を用いる一種のレトリックなのかも知れない。工業規格は「歴史と慣習にもとづく」事柄をも含めた現実世界の現象を資料として、工業規格に課せられた個々の現実的課題について、できるかぎり合理的で妥当な規準を提示する必要がある。プロトティピカルな個々の文字概念を割り出し、それと「ビットの組み合わせ」とを対応付けることが文字コード規格の基本的な役割と言える。その規格の妥当性を向上させていくことが規格のメンテナンスの課題とも言える。一律に決めなければ標準ではないのである。合理的に妥当な標準を導き出さなければならないのである。一律に決めたからといって、具体的なグリフ情報の再現・交換に関して技術的な解法の可能性が無くなってしまうわけではない。むしろ、グリフセットだけを決めて固定した字形を決めつけてしまう「大文字セット」のやり方の方が、具体的字形の柔軟性に欠け、多様な文字の表現形態を伝達する可能性を奪ってしまうことが危惧される。 】という山本は【結局、Unicodeであれ何であれ、文字コードの優劣だけを論じても現実の課題が上手く解決されるわけではないということに気付く必要がある。グリフの再現などの関連する課題を含め、文字情報と文書情報の伝達と運用というより広い視点が必要であろう。文字コードだけにできることには限界があり、グリフセットだけにできることにも限界がある。また、すべての課題が規格や標準化が対象とする課題でもないのである。問題は、大か小かではない。大も小も、それ以外のことも、考えなければならないのである。 】と結んでいる。正論である。

  • 11月22日 佐野洋子・加藤正弘『脳が言葉を取り戻すとき−失語症のカルテから』NHKブックス、1998年11月、日本放送出版協会刊。【…一般に失語症者にとっては、仮名文字よりも漢字のほうが理解しやすい。…漢字の理解がある程度大脳の右半球でおこなわれているのではないか……文字言語における意味理解という情報処理は大きく二種類…一つは、文字形態そのものが何らかの意味内容を担っていて、それを見た人間が視覚情報処理によって文字から直接意味を汲み取るプロセス。もう一つは、文字形態が音韻情報を担っていて、それを見た人間がまず文字をいったん音韻に変換し、その後あたかも話し言葉を理解するかのように音韻を意味に変換するというプロセス。…漢字的な情報処理は失語症になっても比較的障害されにくく、また回復の可能性が高い】【視覚情報を言語に変換して発語として表出するプロセスのことを「呼称」…発話ではなく文字言語に変換して表出するプロセスは、「書称」…対象物を目で見て、それが脳内で処理され、「イメージ」が活性化されるまでは共通…漢字の書称の場合、仮名の書称とは異なり、音韻情報の関与がほとんどないと考えられる処理経路がありうる。…音韻処理に依存する部分が比較的少なく、形態的または図形的な処理への依存度の大きい漢字の書字は、失語症になっても比較的障害されにくい。…漢字は、本来、形態・図形・空間などの操作をおこなう右脳でもある程度、理解したり書いたりする処理が可能だからではないか】

  • 11月21日 ★池田証寿『「五重塔」の《原テキスト》』。本文批評、本文校訂とはこのようなものだと事実で示した実践的坂村健批判、必読(この項、11月20日付読書録の続き)。★文字デザイン研究会(京都市中京区東洞院通御池下ル笹屋町445日宝烏丸ビル4F1号、TEL075-256-6300、FAX075-256-6391)発行の『季刊モジカ』がNo.11(1998年8月30日)の「特集・文字コード入門−前編」につづき、近刊のNo.12(1998年12月6日)で「特集・文字コード入門−後編」(編・柴田忠男)で漢字をめぐるいろいろな動きや意見を整理している。まじめな立場からわかりやすくまとめられており、おすすめ。バックナンバーもNo.6(促音・拗音・撥音・長音)、No.7(教科書体)、No.8(記号類)、No.9(漢字と構造・現代中国の文字改革)、No.10(漢字と構造・簡体字の作り方)と毎号ひとつのテーマで特集されており読み応えがある。書店では入手できないため、No.12の予約や定期購読の申し込み、バックナンバー購入は上記へ直接申し込む(購読は年間購読制が基本)。【価格】1冊815円(消費税込み)+送料(2冊まで300円)、年間4号分4,460円(消費税送料込み)。【振込先】郵便振替口座00950-9-49635(口座名:株式会社366文字デザイン研究会)、第一勧業銀行四条支店(普通)1474720、京都銀行本店(普通)0449517(ともに口座名義:株式会社三六六 角谷和好)。

  • 11月20日 NIFTYの歴史フォーラム(18−7058)で池田証寿がThis is 読売「誌上実験」検証のコメントを書いており、坂村健らの粗雑さの事実を挙げた後、【……従来、「出来るだけ原本に忠実に翻刻した」という表現をしていたが、それを「原テキスト」と呼ぶことは断じてない。こうした翻刻本文を「原テキスト」と呼ぶのは欺瞞以外のなにものでもない。そればかりか、まっとうな文学研究者・言語研究者にとって、非常に迷惑である。原本の文字・表記を論じるなら、原本かその写真覆製によらなければ、研究として認められない。】と指摘し、【「原テキスト」の再現に名を借りた、文学・語学研究対する曲解に強く抗議する。】と結んでいる。正論であり、私は支持する〔NIFTYに入ってないため読めない方はご連絡ください〕。

  • 11月19日 ▼帝国データバンク『日刊帝国ニュース』1998年11月18日付、は「第2回銀行136行、預金量・資金量調査」として、「預金量全体」で「97年度は3.4%減の487兆6205億6200万円となり、96年度と比較して大幅な減少」、「資金量全体」で「『長信銀』、『信託』ともに減少したが、『信託』が1.1%減に留まったのに対し、『長信銀』は16.1%減と大幅に減少」と報じている。▼宮崎学「日航事件の警察のオトシマエ−狙いどおり『総監天下り』実現へ」は、一般商業新聞が報じなくなった日航事件のその後の事実を正しく伝えている。

  • 11月18日 ●帝国データバンク『日刊帝国ニュース』1998年11月17日付、は「1998年10月度全国企業倒産」として「倒産1707件、10月としては13年ぶりの1700件突破」と報じ、「98年1月〜10月の合計は1万6642件……これは、年間件数が2万件を超え戦後最悪だった84年(2万841件)の1月〜10月(1万7277件)を3.7%(635件減)下回っているものの,戦後2番目のハイペース,今年1年間の倒産件数は84年以来14年ぶりに2万件を突破することがほぼ確実」「10月としては…戦後4番目の高水準」としている。●現代韓国のブックデザイン展、会期:1998年11月9日(月)〜27日(金)〔土日祝は休〕9:00-19:00、会場:ショップ竹尾(東京都千代田区神田錦町3-18-3電話03-3292-3631)、共催:日本図書設計家協会+株式会社竹尾。

  • 11月17日 ●情報処理学会情報規格調査会(会長・棟上昭男)「『文字コード標準体系検討委員会』への参加のお願い」1998年11月12日。●山本太郎「文字コード論議の傾向と対策−文字コードの議論は合理的に、論理的に、現実的に」1998年11月15日、山本は「議論の目的を良く確かめる」として【坂村健・池澤夏樹両氏の『どこへ行く漢字』(This is 読売 12月号, pp. 108-123, 読売新聞社, 東京 1998)の場合でも、議論の目的は記事の最後に明らかとなる。池澤氏が「それはウィンドウズの限界でもある。そういう意味では、その限界を超えて、もう一つ広げるためには、多分トロンが要るんでしょう。脇で見ているとそういう気がします」と言い、坂村氏が「ありがとうございます」と答える。両氏がそれまでに述べてきたJIS批判やらユニフィケーション批判やらといった事は、すべてトロンの宣伝が目的だったかにも映る。こうなると、これまで指摘してきた、坂村氏の議論における批判対象の取り違えや、論点相違は、意図的なものではないのかという疑いも生まれる。自己のOSの機能や性能を宣伝するために、なぜ他者を(非合理な仕方で)批判しなければならないのか?トロンが優れたOSであるというのなら、それで良いではないか。理解に苦しむ。とにかく、文字コード論議の目的を良く確かめることが肝要であろう。】と述べるほか「論点相違や異なる問題の混同、恣意的な論点のすり替えを放置しない」「論理的不整合を放置しない」「扇動的プロパガンダは無視する」「非合理的、非論理的、扇動的傾向の議論に荷担しない」の計5項を呼びかけている。

  • 11月15日 池田証寿「JIS漢字批判のために」(1998年11月13日)、改訂版(1998年11月15日)〔←この項15日夜追記〕は、控えめな表現ながら、97JISから新JIS漢字へ規格策定に際して調査研究にあたった池田の“血の叫び”である。【今回の新JIS漢字拡張策定に際して行った調査とその成果は、国語学・言語学の研究として見た場合、空前の業績として評価されるものである。少なくとも、今回程度の規模で、現代日本語の漢字が、どれだけの分野(広さ)で、どの程度の必要度(深さ)を持って使用されているか、従来、ほとんど研究されてこなかった。こうした研究自体、極めて「文化」的な事業である。今回の新JIS漢字拡張の作業は、関係諸機関の協力とボランティアとして参加した各委員の努力とによって遂行されている。日本の漢字に関する研究に多大の成果を挙げたものと自負している。仮に10万以上の漢字がコード化されるとしても漢字使用の広さと深さに関する情報は必要不可欠である。たとえ、JIS漢字が<死んでも>、今回の研究の成果は生き残ると確信する。 このような実証的研究そのものを否定するのであれば、それは国語学や言語学という学問のあり方そのものに誤りがあると主張するに等しい。】そして池田は【最後に主張したいのは次の一点である。現代の情報化社会の基盤としてJIS漢字規格が存在して来た事実を認めよう。 親(JIS漢字規格)の悪口をいうなとは言わないが、「文化」とともに批判的言辞を弄するなら、それにふさわしい物言いがあると思うのである。】と結んでいる。「反JIS」デマゴギーが繰り返されるいま、池田の提言どおり《現代の情報化社会の基盤としてJIS漢字規格が存在して来た事実》に立ち返ろうではないか。歴史を否定(清算)するものは歴史によって否定(清算)される以外にない。

  • 11月14日 『毎日新聞』1998年11月13日付夕刊「文化」欄に、経営難から読売新聞社の傘下に入ることが決まった中央公論社について「日本文学に多大な貢献」という重里徹也署名記事。「『海』が休刊して以後、中央公論社が日本の文学シーンにかかわる力が弱まっていったのではないだろうか。」という重里は「読売傘下に入って、中央公論社は全集や文庫などの遺産を守ることに加えて、日本文学にどんな貢献をするのだろうか。果たして、再び、『海』を出していた時のように、最前線の現場に、積極的にかかわることがあるのだろうか?」と結んでいる。

  • 11月13日 『創』1998年12月号、「対談・『連合赤軍事件』27年ぶりの出獄」で鈴木邦男の問いに対して植垣康博は答えている。「どんなことが行われたか事実を提供することが僕にとっての自己批判だと思っています。恐らくその違いは、当時そういう処刑を含めた総括を僕自身が担ったからではないでしょうか。担っていない人だと、そこに逃げ道が見いだせるから、どうしても弁解したくなる。その意味で僕には逃げ道がないわけです。当時から逃げないで関わろうと思っていたし、関わったからこそ事実は率直に提示しようと考えてきました。殺した以上は、その相手の人生も引き受けなくちゃならない。そう考えてきましたから。」

  • 11月11日 ●『This is 読売』1998年12月号、読売新聞社、が「電子メディア時代 どこへ行く漢字」を特集。池澤夏樹・坂村健「対談・なぜ文化を切り捨てる」、「誌上実験・四つの『五重塔』」、中沢けい「どこかヘン 文字コード論争」、高島俊男「戦後国語改革の愚かさ」。●『噂の真相』1998年12月号、「文壇事情」に「文壇でバトル化の文字コード問題」という(X)署名の記事あり。

  • 11月9日 大住良太「21世紀、新聞は消えてしまうのか」1998.11.8。大住は、「人権と報道・連絡会」(人報連)98年10月定例会での服部孝司(新聞労連委員長)の講演をとりあげながら、「私は個人的には日本の新聞が今のままの体質を続けるならば、一度すべて解体して再構築すべきとさえ思っている」という。「新聞にとって避けて通れない最大の課題」としての再販制度問題について大住はいう。【再販撤廃に反対する「文化人」の屁理屈には、ことごとく受け入れがたい…井上ひさし氏は「新聞、出版は別に考えられるべきだ。それが文化そのものだから」、永六輔氏は「冷蔵庫を買い替えたところで、人生に影響を及ぼすことがあるでしょうか」などと述べている。まるで工業製品には文化などないとでもいいたげである。だが、「買い替えたところで、人生に影響を及ぼさない」冷蔵庫があるからこそ、我々は安心して文化的な生活ができるのだ。それとも永氏は電源を入れたら火をふくような「人生に影響を及ぼす」冷蔵庫が欲しいのだろうか。工業の文化とは品質、技術、意匠(デザイン)、規格であり、新聞や出版の文化とはまた違った意味で重要なものである。……また、「再販が撤廃されると売れ筋以外の本やCDが手に入らなくなる」という意見もあるようだが、現時点すでに売れ筋以外の本やCDは都心まで行かないと手に入れることができない。…新聞にも同様なことがいえる。論調に多少の違いがあるものの、記者クラブを介して権力機関の発表やリークを垂れ流している点では、どこの新聞も同じだ。発表やリークの裏にあるものを知りたくとも、そういう機会は読者に与えられない。すなわち、新聞にせよ、書籍やレコードにせよ、再販制云々という以前に我々はすでに言論や表現の多様性を享受する機会を奪われており、それを再販撤廃反対の理由に転嫁されてはかなわないのである。】また、いま新聞社内部で進行している深刻な事態として新聞社の制作システムの自動化(たとえば、出稿者組版!)と、それに伴うリストラ問題にもふれ、重要な指摘をしている。

  • 11月7日 『10+1』No.14、1998年8月、INAX出版、に掲載の松田行正「this three words」。【20世紀のタイポグラフィの叛乱を予言し、実践の口火を切ったステファンヌ・マラルメの、今年は没後100年にあたる。コンクリート・ポエトリィ(具体詩・視覚詩)運動の提唱者オイゲン・ゴムリンガーは、そのマラルメに多くを負っているという。…このコンクリート・ポエトリィ運動はもっと注目を浴びてもいいと思っているが、資料は少ない。…こと詩表現に関しては、唯一北園克衛や萩原恭次郎らを除いては、やはりシニフィエ(記号内容)に重きがおかれ、シニフィアン(記号表現)がなおざりにされた感がする……1913年に拾ってきた自転車の車輪(当時の自転車は最新文化のひとつだった)にタイトルをつけ「レディメイド」という概念をはじめて提示したマルセル・デュシャンと、20世紀にはじめて登場した映像メディアのなかで、ナレーションが饒舌なばかりか、画面に字幕でなく文字を侵入させ、それを短いカットと長回しの繰り返しによって果てしなく「饒舌」な映像につくりあげたジャン・リュック・ゴダール、どちらもまさしくコンクリート・ポエトリィ的ではないかと最近再び思う。】

  • 11月6日 ▼『世界』1998年12月号、岩波書店、が“新「国粋主義」の土壌”を特集。小熊英二「『左』を忌避するポピュリズム−現代ナショナリズムの構造とゆらぎ」は「新しい歴史教科書をつくる会」に対して「社会現象としての考察」をくわえ、これを「反特権階級や反官僚」という「昭和恐慌を背景として台頭した『下から』のナショナリズム運動と類似」している反面、この運動を支える「常識」には戦前右翼のような「郷土的農本主義」はみられず「頼るべきモデルがない『価値観の揺らぎ』への不安がうかがえる」。つまり「価値観の揺らぎが激しくなればなるほど、家族や友人といった現実の人間関係が崩壊すればするほど進行する」「ナショナリズムへの期待」だ。「彼らの無定形なナショナリズムは、なぜ…『保守の言葉』に回収されてゆかねばならないのか」「最大の理由は、彼らが漠然と『戦後民主主義』や『リベラル』といった形容で総括する『左』の言葉こそが、現在の日本の『体制側』の言葉…『大人のきれいごと』とみなされているからだ」。結論として小熊は【むしろ筆者が怖れ、重視しなければならないと考えているのは、この運動そのものよりも、その出現が示した現代日本社会の心の闇である。あらゆる共同性が、実感できる関係性が、有効で開かれた公共性が崩壊し、政治への不満も、経済的失速への焦りも、日常や未来への不安も、すべて表現する言葉が失われているかのような閉塞感。そのなかで、幻想の希望を集めて膨れあがってゆく、無定形で「健康」なナショナリズム。たとえ「新しい歴史教科書をつくる会」が数年後に消滅したとしても、この団体を生んだ土壌そのものは生き残る。そのとき、第二第三の、あるいはより怖るべきナショナリズム運動が出現する可能性は、決してゼロではないだろう。思想、歴史、文筆、報道など、「言葉」の生産にかかわる者の力量と責任が、現在ほど問われている時はない】としめくくっている。▼公開シンポジウム: 日本語情報環境の未来―ワープロ誕生20周年と今後―〔日時:1998年12月9日午後3時〜6時、会場:立教大学タッカー・ホール講堂、入場料:無料、主催:立教大学産業関係研究所、後援:社団法人日本経営協会デジタルドキュメント推進機構他〕、参加予定者:神田泰典(富士通)、芝野耕司 (東京外国語大学) 、辻井潤一(東京大学)、森健一(テック)、横井敏夫(東京工科大学)、古瀬幸広(立教大学)

  • 11月5日 語彙・辞書研究会第14回発表会〔日時:1998.12.5(土)13:00-18:00、場所:三省堂文化会館2階第1研修室(新宿区西新宿4-15三省堂新宿ビル、電話03-3320-2611)、参加費1500円〕。[研究発表](1)接尾辞による形容詞の転成と意味について:中野陽(東京大学大学院生)、(2)近代活字文献の電子テキスト化における字形の整理−JIS包摂基準〔ママ、規準の誤り?〕の活用と提案−:飯島満(国立国語研究所辞典編集室)+大塚みさ(実践女子短期大学)、[シンポジウム]テーマ=外国人から見た国語辞典。「語彙・辞書研究会事務局」電話03-3230-9414、FAX03-3230-9430。

  • 11月4日 山本太郎「ほら貝」のインタビュー記事:『「文字は無制限に増やすべきか?」──棟上昭男情報規格調査会会長に聞く』を読んだ感想。山本は【文字コードに関する議論を多く紹介しているホームページ「ほら貝」の最近のインタービュー記事『「文字は無制限に増やすべきか?」──棟上昭男情報規格調査会会長に聞く』は興味深い。】として次のように書いている。【インタビューアの「エジプト学の論文を書くにはヒエログリフが必要ですし、仏教関係の論文を書くには、サンスクリット語、チベット語、漢文を混在させられる環境が必要です。パーセンテージとしてはすくないけれども、ニーズがないとは言えないと思うのですが。」という問い(というよりむしろ一時的感想の吐露に近い)は、その前に棟上氏が答えている内容の文脈とは、はるかに離れた地点に立って語っているとしか言えない。……そのことは、棟上氏が「マーケットニーズの有無を、標準化作業の強い歯止めにしようという国際的な合意がある」と語っている文脈では必ずしも意味を持たないことは火を見るよりも明らかである。この問いは、その棟上氏の答えを理解していないか、あるいは理解しているとすれば、インタビューアは共通の文脈を捕捉しようとするのではなく、それを意図的にはぐらかす戦術ではないかとも思えた。 ……棟上氏が言うところの「マーケットニーズの有無を標準化作業の強い歯止めにしようという、国際的な合意ができているのです。」ということもまた至極当然の事であって、規格の策定に公費が使われる場合にはそのことが非常に重要となることは容易に推察できるべきなのである。……そして、最後に「ぼくは ISO 10646には反対の立場ですが、古代文字までカバーしようという姿勢については評価します。ISO 10646は、もう枠組ができてしまっていて、現在やっているのはグリフをいれる作業ですから、費用はそれほどかからないと思いますし。」と言って、またまた内容的に同じ主旨の感想を繰り返した上で、議論を費用の問題にすりかえようとしているのは、明らかにインタビューアの敗北宣言であろう。だから、そう言われた相手は「繰返しになりますが」と言わざるをえないのである。……これは推測に過ぎないが、インタビューアは工業規格のありかたを問うているにもかかわらず、工業規格とは異なる種類の「ニーズ」を前提にして話しているように見える。異なるニーズには異なる解決を用意すべきであろうが、それを用意する主体はその「ニーズ」を有している者以外にはありえないだろう。……】

  • 11月2日 ★朝鮮近代史研究のページ(水野直樹のホームページ)でついに公開!!データベース「戦前日本在住朝鮮人関係新聞記事検索」1905年頃から1945年までの大阪朝日新聞・大阪毎日新聞・神戸又新日報・神戸新聞・萬朝報・社会運動通信・無産者新聞などに掲載された朝鮮人関係の記事見出しが検索できるデータベース。今後もデータを追加予定。★1998年11月下旬発売予定!漢字文献情報処理研究会編『電脳中国語』好文出版、A5・300頁・CD-ROM付き、定価:2,850円+税。同研究会公開シンポジウムおよび第一回大会〔とき:1998.12.13(日)、ところ:早稲田大学文学部AV教室、参加費:無料(要申し込み)、※当日、『電脳中国学』即売予定−この項、11月22日訂正〕

  • 11月1日 山田賢『中国の秘密結社』1998年9月、講談社選書メチエ。「伝統的中国社会内部における」「社会的流動性の昂進」とともに増殖した中国の秘密結社は「明らかに相互扶助のための社会関係網」だったと結論づける山田は、「秘密結社としての中国共産党」の「任侠道的共産主義」の事実をあとづけている。宗教的結社のひとつで四川で活動した「神兵」は「公然と紅軍の旗幟を掲げ、しかも旗幟にマルクス・レーニンの像ならびに鎌と斧のしるしを刺繍していた」という。【それは共産党による秘密結社の「吸収」ではなく、むしろ「共産」という「洋学」政治思想が、内部から秘密結社の抱きつづけた融合的共同性の情念によって充填されていく、あるいは侵蝕されていく過程……共産党の「秘密結社」化の進行でもあった。】