読書録 1998年9月後半 (敬称略)

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  • 9月29日 ●先月末以降の世界同時株価暴落は私的国家独占資本主義体制崩壊を告げる弔鐘である。『毎日新聞』9月28日付夕刊「近事片々」は【デリバティブには「金融派生商品」の訳語があるが、ヘッジファンドにはない。超難解なカタカナ語の一味に属する。NY連銀の音頭で救済された、その米大手「LTCM」は元手の260倍、170兆円もの投機的活動をしていたという。今や「世界は鉄火場」か。】だと。「長銀を救済しなければ日本発の世界同時恐慌」などと煽ってきた「鉄火場の用心棒」たるマスコミの、「目くそが鼻くそを笑う」とはこのこと。●「犯罪報道の犯罪」を糾す。大手町文哉「和歌山県園部地区で何が行われているのか」、大住良太「毒物事件報道がまき散らす害毒」 「同・その2、国際的に全く通用しない日本の犯罪報道」 「同・その3、和歌山毒物事件“別件”報道を検証する」 「同・その4、現場マスコミ記者をも苦しめる犯人視報道」

  • 9月28日 「キツネ目の男」宮崎学のページに「政治家には世の中を変えることができない」がでている。【政治家に今の世の中を変えられる、と、たとえば田原総一郎氏などはおもっているようだ。……あの、司会は芸だ、とは思う。がその基本には「日本の政治は政治家がしっかりすればよくなる」という、あの世代の思いこみを感じる。これはたとえば、堺屋太一氏が「日本の官僚よ、しっかりしろ」というのとにておるな。このようなスタンスは結果として世の中をあざむくものである。わしが違うのはそこである。わしは、「政治家に世の中を変える力はない」とおもとる。理由は、日本の真の支配者、「エスタブリッシュメント」の中身を考えてみたらわかる。それはロイヤルファミリー、官僚制度、財界、政治家、そしてマスコミである。……こんな当たり前のことがなぜマスコミはいわないか。ひょーろんかはいわれへんか、というと一番目が邪魔をしている。「菊」の真の役割はそこにある。……さて、政治家、というのはこの「真の支配層」の中での役割は「召使い」であり、茶坊主にすぎない。実務という真の権力装置を操縦し支配しているのは官僚である。……今回の「公的資金」投入を真に命じているのはいうまでもなく真のエスタブリッシュメント、すなわち財界・官僚であって、かれら政治家はその使い走りをやっとるだけの話や。……政治家やマスコミというのは、このようなエスタブリッシュメントにシッポを振る習性が本性なんや。しやから、政治家が世の中をいいほうに変えてくれるのを期待するのは、犬がシッポを振るのではなくシッポが犬を振るのを期待するようなもんなんや。……先日の「朝ナマ」のような、「局地戦」の攻防に矮小化されて、あたかも自民党と民主党の争いで、後者が勝てばなんかよくなる、というような幻想がマスコミによって拡大再生産されていく。同じ国民を絞るにしても、真っ暗な家畜小屋より、2燭光の電球でもつけて、よりわかりやすいやりかたで絞ろう、という方法の違いにすぎないのにや。】

  • 9月27日 山本ちず『会社潰れてしもたがな!』。まえがきにこうある。【ここはわたしが初めて社会に出て、入社一年弱の状態で経験した会社の倒産(!)という、センセーショナルな出来事を、入社一年目ゆえの無責任な立場から、また時の流れに身を任せまくった小市民としてお話しするページです。(われながらヒドイ企画)ウソや!と思われることもあるかと思いますが、基本的に実際の出来事を取り上げてありますので信じてくださいね。これがホントの“正味のハナシ”ってやつでなんです。ただプライバシー保護のため、登場人物はすべて役職名およびイニシャルで表記させていただきます。あなたの会社は大丈夫ですか?? これ読んで参考にしてね。】さらに、寄せられた「応援・共感等々の心暖まるメール」の一部をまとめた、爆笑勤労物語「ウチも潰れてしもたがな!」もついている。★インサイダー編集長・高野孟「“日本発世界恐慌”説の虚妄」。【米国は,誰よりもその自家中毒的バブルの脆さを知っていて,それが日本からの資金フローが途絶えて破綻することを恐れており,そのことを「日本発の世界恐慌」と言い換えているにすぎない.ところが,何も分かっていない日本政府は,そのすり替えを真に受けて,まさにワシントンの代理人のようになって,「長銀を救わなければ日本発の世界恐慌になる」「長銀はじめ日本の銀行のデリバティブが失調すれば世界的に混乱を招く」とか,全く素人同然のレトリックで国会と国民を恫喝して,それをふしだらな銀行の救済のための口実にしようとしている】そのとおり!

  • 9月25日 承前。『科学の危機と認識論』第八章素粒子論の隘路と哲学的間道、【現代物理学の閉塞状況というものは、新しい方程式をどう立てるかという次元のことではなく、哲学的世界観の構えそのもののゲシュタルト・チェンジを遂行することによってしか打開できないだろう】【むしろ社会現象の場での存在様態というか、社会的事実の存立構造というか、そういう方面とアナロガスな了解の構えが有効かも……言語の構造に定位してやっている構造主義なんか、その点で有効なアプローチのトゥールを提供するかもしれないね。言語といえば、対自的−対他的な共同主観性とか、意味了解とか、さらには示差というかたちで焦点化される関係の第一次性、しかも函数的・機能的な構造的連関態の相での把握がはじめから要件になる】

  • 9月24日 廣松渉『科学の危機と認識論』1977年、紀伊國屋書店刊。第七章現代物理学の自然観と認識論、では認識論の見地から相対性理論を問題にしている。【(観測者は)共同主観的=間主観的な見地、共同主観的な観測者として存立……そのかぎりにおいてのみ対自的+対他的な認識現相の間主観的な同一性を了解している……相対性理論を認識論的に基礎づけるためには、そういう共同主観性の構造を押えなければならない】とする廣松は近代認識論の主観−客観図式を再検討し、【ヘーゲルの「事物はすべて判断である」という命題を正しく把え返すことが一つの鍵になる】といっている。

  • 9月22日 JAGAT(日本印刷技術協会)のページにSEYBOLD SF PUBLISHING 98会議報告として「Adobeの苦悩は業界の苦悩」「Adobe K2の狙いを深読みする」がでている。「Adobeの地盤沈下」はDTP自体が「飽和の時代になった」反映で、「(Quarkと)両社がWEB革命のチャンスを逃した」という。そのうえで「個人的推察」と断りながらも、「Adobeの沈黙は、…新しい旅の第1歩を予感させる」と1999年前半にでるAdobe K2に期待をよせている。私も心から期待したいと思う。しかし日本での動きをみるかぎり、下手糞なフォントを出したりしてマーケティングが救えない状態なのが残念だ。

  • 9月20日 「キツネ目の男」宮崎学のページに、「土壇場の経済学インターネット番外編 9月25日に長銀は破綻するでえ、尻ふかされるのはまたキミや」がのっている。【今、自民党と鉋音...やない、菅直人がボス交渉で、「丸呑み決着」「玉虫色決着」をなんでこんなに急いでいたか、いうたらマスコミがいうような、『アメリカの「チンポなめ大統領」にオトコ妾として20日から小渕がシッポふらないかんから』だけではない。もっと差し迫った理由があるねん。長銀が短期市場で借りとるカネを25日に、決済できないから、なんや。】【現代国家、なかんずく先進国、特に日米両国は、国家権力がバクチ打ちになった。だから、本来の先住民族のホンモノの博徒からシマを奪うために、この10年、営々と官僚権力が法匪となってヤクザの利権をとりあげてきたのや。それを黙ってみていた国民の良識派は、おかげでそのツケをしっかり払うハメになりつつあるんやでえ。】恐慌と失業の時代にむかって国家独占資本体制の崩壊はさらに進む!

  • 9月19日 ミシェル・フーコー、清水徹・豊崎光一訳『作者とは何か?』1990-1997年、哲学書房刊。作者の署名性について17、18世紀に「入れ換え」が起こったという。【人びとは科学的言説をそれ自体として、すでに確定された真実ないしはつねに新たに証明しうる真実、という無名性において受け入れはじめました。…機能としての作者は消失してしまう、……しかし他方《文学的な》言説は機能としての作者を付与されたかたちでしかもはや受け入れられない。…文学上の匿名性はわれわれには耐えられない】。関連するものとして、著者と著作権について浅田彰、大澤真幸、柄谷行人、黒埼政男が「ハイパーメディア社会における自己・視線・権力」という座談会をやっている(浅田彰監修『科学と芸術の対話』1998年3月、NTT出版刊、所収)。【柄谷−…著者の問題は著作権の問題と密接に関係し……著者を確定することの困難と、著作権を確定することの困難は、同じ問題です】

  • 9月17日 ●公的資金の投入が近い日本長期信用銀行が資産保全もせず、回収努力すらしていなかった債権が次々に暴かれているが、長銀の関連会社が、融資先会社の新株発行で不良債権を隠蔽しようということを企てていたことの告発文書が流れている。論談ホームページ。「株主の権利と利益を守る為の努力」を謳う論談同友会とはいわゆる総会屋である。ここにはまた企業名が明記された長銀「融資の現状」のコピー全文も掲載されている。●10月1日-6日、第13回早稲田青空古本祭(10:00-19:00、穴八幡宮境内)