色町・芝居町の「場所学」 
被差別賤民研究からの視点

書評・沖浦和光著『「悪所」の民俗誌』



2006年5月

前 田 年 昭
編集者・句読点研究

『週刊読書人』第2638号 2006年5月26日付掲載

 歴史書として異色の書き出し――「物の考え方や感じ方,つまり自分の心性の原型が芽生えた揺籃の地」としての〈人生の磁場〉が誰にでもあるとして著者自身三つ挙げている。第一に幼少年期に見聞した「遊芸民と遊行者と乞食巡礼」,第二は,小学校低学年時代に「日本最大の貧民街……大阪市南部の釜ヶ崎の周辺で生活したこと」。第三に,多感な青春前期,「社会体制が,音を立てて崩れていった敗戦直後」。なかでも「人生最大の磁場」は釜ヶ崎であり,隣接する飛田(色町),新世界(歓楽街),天王寺,西浜(被差別部落)だったという。
 盛り場の始まりは色町と芝居町。加えて近くに被差別民の集落があるという三つの特性から成る「悪所」(これが本書タイトルである),著者は遊女歌舞伎から説き起こし,「反骨の美意識を表現した『かぶき者』」,「卑賤の『声わざ』に入れ込んだ異能の王・後白河法皇」をとりあげながら遊女と役者の歴史をたどっていく。――「悪所」こそは,幕府からすれば,風紀を乱す場であり,既存秩序を侵すカオスのエネルギーの源として,危険きわまりないものだった。だからこそ,遊女と役者をともに制外者(にんがいもの)と呼び,塀や溝で町から隔離された領域に閉じ込めた。しかし,権力の意向とは裏腹に,この「悪所」こそ幕藩体制を食い破るメッセージの発信源となった。「悪所」からの文化革命の最初の波は十七世紀末の延宝から元禄のころ,井原西鶴,近松門左衛門,「色道」に光を当てた藤本箕山と柳沢淇園,彼らが前衛となった元禄ルネサンスである。次の波はその百年後,歌麿と写楽を出し,大田南畝,山東京伝,曲亭馬琴,十返舎一九などの文人ネットワークを組織した蔦屋重三郎,さらに四世鶴屋南北を頂点とした化政期の劇界,これが第二次文化革命――本書はこう展開されていく。
 本書の目的を著者はあとがきで「「悪所」の存在論的な変化と,その象徴的で濃密な意味を明らかにする」ことと述べているが,〈遊〉〈色〉〈賤〉から読み解く「悪所」論は魅力的である。とりわけ著者の長年の被差別部落史研究に裏づけられた〈賤〉の視点が生きている。
 一九七〇年代以降,歴史学では歴史民俗学とアナール派の興隆をうけて,被差別民,賤民,在日少数民族などの研究がなされた。主導するひとりとして著者は近年も『「部落史」論争を読み解く』(二〇〇〇年)で戦後における賤民史・部落史研究を戦後の時代思潮の流れの中で位置づける試みに果敢に取り組み,『幻の漂泊民・サンカ』(二〇〇一年)では三角寛を批判的に発展させ,〈貴・賤〉〈浄・穢〉研究を積み重ねてきた。  先学につくという誠実な姿勢は本書でも貫かれている。近代以降の「悪所」論として、永井荷風、阿部次郎、戦後では「悪所は遊行芸能民の歴史を担っていたし、その記憶は深層に潜在していた」と指摘した廣末保をはじめ、林屋辰三郎、盛田嘉徳、郡司正勝、小笠原恭子らが参照され、要領よくまとめられている。
 遊女論で,宮廷に入った彼女らが「聖なる」天皇と結びつくことで「聖別」されたのではないとして,天皇の〈聖〉性そのものに切り込まないままに天皇直属の職能民を「聖別」された集団とみなす網野善彦説を率直に批判しているところなど,沖浦史学の真骨頂といえるだろう。
 人間にとって「色事」のもつ根底的意義に切り込み,歴史の闇の中に消えていった裏町に光をあてる著者の反骨精神に,本書冒頭で小学生時代過ごした釜ヶ崎周辺を〈人生の磁場〉と語り,「悪所」への共鳴のなかで培ってきた心性が生きている。
 予告されている続刊『遊女の民俗誌』の刊行が待たれる。

沖浦和光著
『「悪所」の民俗誌 色町・芝居町のトポロジー』
新書版・290頁・893円
文藝春秋
4-16-660497-X

(おわり)


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前田年昭 MAEDA Toshiaki
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■沖浦和光著 『「悪所」の民俗誌 色町・芝居町のトポロジー』 新書版・290頁・850円+税 文藝春秋 4-16-660497-X