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旅人の天性をもった青年 なぜテロ組織に殺害されたのか
書評・下川裕治著『香田証生さんはなぜ殺されたのか』
2005年11月
鈴 木 淳 一
旅人・ライター
『週刊読書人』第2613号 2005年11月18日付掲載 著者の許諾を得て転載
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| 香田証生さんがイラクで殺害されてから,一年という月日が流れた。
生首を斬り落とされるというまがまがしい映像が,いまだに頭から離れないという方も多いだろう。かくいう僕もその一人だ。
彼の殺害映像に衝撃を受けたのはもちろんだが,それ以上に,悲しい思いにさせられたのは彼が一人ぼっちで死んでいったことだ。
香田さんより前にテロ組織に捕まった三人組は,猛烈なバッシングにさらされはしたが,しっかりした組織と家族によるサポートがあり,国内での支援態勢もそれなりに整っていた。彼らは決して一人ぼっちではなかった。
それに比べ,たった一人でイラクに入国した香田さんには,後ろ盾となる組織や支援する団体はほとんどゼロだった。だからだれも彼の立場をうまく弁護できる人物はいなかったし,彼がなぜイラクに入国したのかという詳しい動機を知るすべもなかった。
そういう状況で彼は無残にも殺されたのだ。
そして全世界をかけ巡ったまがまがしい斬殺映像……。
後の報道で彼がバックパッカーであったことや,そのあまりにも無謀な旅のスタイルを知るにつれ,段々と彼のことがほっとけなくなってきた。
なんだか自分の初めての海外ひとり旅をいやでも思い出してしまったのだ。
未知なる土地へあえて飛び込んでみたいという,旅を愛する者ならだれでも持つであろう気持ちは,僕の心の中にも巣食っている。旅のイロハも何も分からない初めてのひとり旅のとき,その気持ちをより強く感じたことを今でもよく覚えている。
だからこそ初めての旅では無謀さゆえの失敗を繰り返し,それが教訓となり旅のイロハも身についていくものなのだ。だが香田さんの場合,そんなものを身につける前に,たった一人で寂しく殺されてしまった。
世論からバッシングを受け,わが国の総理大臣からも,ほとんど見捨てられるようなコメントを突きつけられた彼に対して,せめて僕一人だけでも味方になってやろう,同じ旅を愛する仲間としてその行動を理解してやろう,そう思うことが,旅のビギナーのままで終わらざるをえなかった香田さんへの,個人的な供養のつもりだった。
それと同時に,彼がなぜイラクに行かねばならなかったのか,その詳しいわけも知りたかった。だれもそのことにつっこまないなら,僕が書くしかないのか,そう思ってもいた。
そんな矢先,とある雑誌で旅行作家の下川裕治さんが,香田さんについて,取材を進めているという記事を見つけた。
その記事を見つけて以来,いつそのネタを本にまとめるのだろうと,ジリジリとした気持ちで待ち続けていた。
そしてついにその本が発売された。
これまで断片的にしか報道されてなかったイラク入国までの彼の足どりや気持ちの揺れ具合が分かって,ようやく胸のつかえがとれたような気持ちになった。
行く先々で取材拒否にあいながらも,下川さんは旅人としての視点から,香田さんの行動を丹念に追っていく。
ワーキングホリデーで滞在したニュージーランドのクライストチャーチ,そして語学学校の仲間にウソをついてまで訪れたイスラエルのテルアビブ……イラク入国までに過ごしたそれらの国々で,香田さんは常に居心地の悪さを感じていたのではないのか。
取材を進めていく過程でそんな考えに至った下川さんは,そこから一つの結論を導き出す。
香田さんがイラクへと至る道を選択したのは,それらの街にただよう退屈な空気や,いつでも守られている安全な環境,さらにはぬるま湯のような雰囲気に浸る周りの人々から抜け出すためだった。だからこそ,彼は旅に出るしかなかったのだ,と。
そしてその彼の思い切った行動を「旅人としての天性」という言葉で表している。
本文中でも語られている「空がきれい」という理由だけで,インドのラダック地方に向かってしまう旅人たちの話。旅を愛する者なら,その気持ちはよく分かる。
繰り返し述べるが,未知なる土地へ飛び込みたい,たとえ危険な土地であっても,そこに自分の好奇心を満たしてくれる珍しいものが待っているならば,あえて向かってしまうのが,バックパッカーと呼ばれる旅人たちなのだ。香田さんはそんな「天性」を持った青年だった。
彼の好奇心を満たすものが,どんなものだったのか今では知るよしもないが,ぬるま湯の環境から飛び出したいと願ったことだけは確かだったはずだ。「空がきれい」という理由だけで,旅への衝動をかきたてられてしまう旅人の一人して,僕はそう思わずにはいられない。
そして下川さんは,明確な目的もなくイラクに入国した香田さんを非難した世論にも,やんわりと反発するコメントを述べている。「旅とはそういうものなのだ。確かな目的もなく,知らない国に分け入っていく。旅はそれでいいはずだ」
本の最後で語られるこの言葉は,バッシングの嵐の中で沈黙せざるをえなかったすべてのバックパッカーの声を代弁すると同時に,たった一人で死んでいった香田さんの声をも代弁していると思う。
下川裕治さんという旅人の目線を持つ作家が真っ先に香田さんのことを一冊の本にまとめてくれて本当に良かった。
香田さんのイラクへと至る行動には,旅の「経験」を持つ書き手ではないと,分からないことが多すぎたからだ。今回の下川さんの仕事には,旅を愛する仲間の一人として,深く感謝している。
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(おわり)
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